多くの日本人に愛された「なめ猫」は
ほんの少しの勇気と行動力で救われた命が主人公でした。

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1980年代『なめんなよ』で日本の猫ブームに火をつけた なめ猫。

今また空前の猫ブームが到来しているというが、この「なめ猫」たちに敵う猫商品はなかなかないのではないでしょうか。

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なめ猫の生みの親である津田覚氏はもともとスーパーカーや動物たちのポスターを制作、出版、イラストを描く仕事をしていましたが、その傍ら動物好きが高じ会社の屋上で、うさぎ、犬、モルモット、アヒル、カモ、鳩、インコ、スズメ、亀、ハムスター等あらゆる動物を飼っていたそうです。

そんな1979年のある日、近所に住むクリーニング屋のおじさんが自宅の軒下で生まれたという仔猫を、段ボールに入れ捨てる現場を目撃した津田氏は、中身も確認せず、その段ボールを引き取りました。中を開けると、まだ羊膜に包まれた状態の仔猫が4匹入っていてビックリ!この4匹の仔猫をなんとか助けたいと必死に羊膜を破り、温め、ミルクを買ってきて自宅にあったお寿司についてくる“しょうゆさし”をスポイト代わりに仔猫にミルクを与えました。仔猫の育児は大変なもので、仕事へ行くにも置いていくこともできず、バスケットに4匹の仔猫を入れ、会社でも仕事中にミルクをやるという必死の子育てが始まりました。

無事に育つかわからなかった仔猫たちはようやく目も開くようになり、目が開いたときには津田氏を「おかあさん」と認定したのか、寝るときもトイレに行くときもそばを離れず、一緒に行動を共にしたため、トイレも人間のトイレで用を足すようになりました。

左から:ヒゲオ、又吉、タマ三郎、ニャン太

こうして猫の「おかあさん」になった津田氏は4匹の仔猫をとても可愛がりました。そして運命の時がやってきます....。

当時付き合っていた、フランス人形の洋服を製作をしていた彼女の置き土産「人形の洋服」を仔猫たちがいたずらしてしまいました。ビリビリに破かれた洋服は、もう人形には着せられないと、仔猫たちに着せてみたところサイズがピッタリ。フリフリドレスでちょこちょこ歩く姿をみて可愛いと思い、自分用のフォトアルバムを作り、友人に見せたところ、「これはとても可愛い!!」と絶賛されて、実際にキャラクターとしてイラストを描いたり、写真集を自主製作し企業に売り込みに歩いたところ、どこの企業にも受け入れられず、仕方がないので自社で「なめ猫」を売り出すことになりました。

もともと動物などのポスター撮影、製作を行っていた会社でもありましたので、撮影する動物を扱うことはお手の物。細かい舞台製作などもスタッフが一丸となり、猫達の負担にならないよう洋服の生地は薄くて柔らかいものを探し回り、デザインから縫製、バイクや車といった小道具などもプラモデルを組み立て色を塗り....全て手作業、手作りで出来上がり、撮影開始。

仔猫達の撮影は “仔猫の気分” に合わせての1回の撮影につき約10分間と短いものでした。10分も過ぎると、仔猫が飽きてしまい、セットの小道具を倒したり、あちこち動き回り狙い通りの写真が撮れません。仔猫といえどもツメはとがって鋭く、服を引っかくとすぐに破れてしまいます。とにかく撮影は仔猫達のご機嫌次第だったそうですが、当時、動物虐待ではないかとよからぬ噂も出たため、撮影時にマスコミの取材を積極的に受け入れ、猫に無理のない撮影風景を公開していたそうです。※誤解も多いようですが、猫たちに針金を入れたりといった行為は一切なかったそうです。

当時の撮影風景、小道具がとても細かく精巧にできているのがいいですね。

仔猫たちは生後80日を過ぎると「なめ猫」を引退し、津田氏を含むスタッフが猫達の里親になりました。人気絶頂時には、撮影後のなめ猫が欲しいと全国から希望者が殺到したそうです。成長して親猫になった又吉(撮影時、仔猫だった又吉は成長とともに女の子だったことが判明)は、4匹の子供を生みました。その中の1匹は又吉似のハンサム(美女?)で、その後の撮影はこの又吉2世、3世へとバトンタッチされ、又吉は16歳、当時又吉の恋人役のミケ子は24.5歳という猫最長記録で天寿を全うしたそうです。

又吉(又吉は女の子でした)と、又吉の4匹の子供達

撮影慣れしている又吉には余裕すら感じます

1981年爆発的な「なめ猫ブーム」は、全国を駆け抜けました。だれもが競うように運転免許証のカードやステッカーを集め、ポスターやレコード、文房具などが飛ぶように売れ、動くなめ猫たちがCMや歌番組に登場し、国の機関である総理府の政府広報まで全国青少年健全育成月間のイメージキャラクターとしてなめ猫は大きく新聞で扱われました。

1980年にデビューしたなめ猫の活動期間は、1982年までのたった2年間だったことはあまり知られていません。当時撮影された写真や素材はずっとそのまま使用され、今なお、懐かしい「なめ猫世代」の人に思い出され愛され続けています。

多くの日本人に愛された「なめ猫」たちは、ほんの少しの勇気と行動力で救われた命が主人公でした。

取材時の津田覚氏 なめ猫グッズ、ポスターがズラリと並ぶオフィスは圧巻!!

空前の猫ブームと言われている2016年。懐かしのなめ猫たちは「捨て猫」や「地域猫」と呼ばれる子たちの道しるべとして活躍してくれるよう、東京犬猫日和は図々しくも津田氏にお願いをしてまいりました。

これから捨て猫たちの逆襲なるか?人間たち『なめんなよ』と言ってほしい!


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取材協力:グループ S 株式会社

by: 東京犬猫日和 Emi Sekiguchi

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