終戦記念日〜犬猫献納運動〜

戦後71年。終戦記念日です。

戦争では多くの人も動物も犬も戦争の犠牲になりました

《勝つために犬の特別攻撃隊を作つて 敵に体當りさせて立派な 忠犬にしてやりませう》

この文言は、「犬の献納」を呼びかける回報に書かれたものです。

1944年(昭和19年)、犬猫献納運動により種別を問わず、多くの犬や猫が皮革を得る材料として屠殺され、結果として日本軍の軍用犬の供給経路も消滅しました。

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【当時の証言が残っています】

学校の帰り道 犬猫の処分を見ていた 当時前田村(現・共和町)の集会所 証言者 加藤光則さん(当時10歳)。

当時は国民学校の5年生、学校でも白米弁当は姿を消しました。季節風に小雪の舞う寒い日でした。

学校の帰り、部落の集会所の空き地 に雪穴が掘られて周囲を雪壁でかこってました。

その中から男の人の声が聞こえてきて、何だろうと友達と近寄って穴を覗き込みました。

で、 息を飲んだんですよ。雪穴の中は一面が血の色に染まっていて、雪壁の縁には犬猫の毛皮と裸にされた犬猫が山積みになっていました。

「子どもは来るな」と怒鳴られました。

男の人が口の閉じたカマスを金槌みたいな斧みたいなもので数回叩きつけてました。カマスの口を 空けた途端に、猫が飛び出して雪壁を駆けあがり、ポプラの木に駆け上った。

怖くて身震いしていました。急いで家に帰り、父親に話すと、 「犬猫の供出だ。戦地の兵隊さんに送るんだ」と。「農家はネズミ捕るやつ一匹だけ残していいんだ」。

それ以来、供出は忘れられません。

(2007年6月 西田秀子聞き取り)

前線の軍用犬も敗走の際の飢餓により、軍馬と共に友軍兵の手で食料として屠殺される例が少なくなく、敗戦後も多くの日本軍犬は復員船で帰還する事も叶わず、そのまま戦地に遺棄されました。

日本軍の武装解除に当たり、軍用犬の場合は新しい主人に懐かないなどの問題からその場で敵軍に殺害される例も少なくなく、エアデール・テリアがイギリス軍に整然と引き渡された僅かな成功例が残る程度で、結局日本国内に無事に帰還出来た軍用犬は僅か数頭に過ぎなかったといいます。

戦争に巻きこまれたのは、軍犬として訓練・出征させられた犬だけではありません。

犬やねこが消えた 戦争で命をうばわれた動物たちの物語』(井上こみち/学研)が明らかにしている1944(昭和19)年12月15日付の軍需省から出された通達には、

狂犬病をなくすため、空襲で犬が暴れる危険を防ぐため、そして軍需用の毛皮の確保のため、犬を国に供出しろ──。

と書かれていたそうです。

こうして多くの一般家庭では、ペットとして飼っていた犬を手放さざるをえなくなりました。

毛皮にするために家族同然の犬を国に渡さなくてはいけない、そのつらさとはどれほどのものであったでしょう。

『犬やねこが消えた』では、そうした飼い主たちの苦しみが当事者の言葉で語られています。

 飼い犬を供出しなくてはいけなかった人びとの苦しみ、悲しさもさることながら、犬が供出されたあとの業務を担った人の証言は、さらに重い。

 1945(昭和20)年、北海道に住んでいた当時15歳だったある少年は、友人から「いい仕事がある」と誘われた。向かった先で、少年は〈国民服に戦闘帽の、こわい顔をした男性〉に「これからおまえたちには、お国のため、軍隊のために働いてもらう」と言われ、一本の丸太棒を手渡されたという。

「大事な資源なので、そまつにあつかってはならない。毛皮に傷がつかないように、一発で殺せ」

 その場所には、次々に犬や猫、うさぎを連れた人びとが集まってきた。……人びとは動物を供出するためにやってきたのだ。

少年は、〈力いっぱい棒をふりあげ〉たという。

〈犬はなぐられるまでじっと座っていました。(中略)ふと横を見ると、飼い主らしい人が、ふるえています。歯をむきだしていかくするので、何人もでおさえつけなければいけない犬もいました。犬やねこが叫びはじめると、おさえている人をふりきって、にげだす犬がいます〉

 こうして殴り殺された犬や猫は、その後、皮をはがれ、皮は塩と一緒に稲わらで編んだ袋に入れられた。皮を腐らせないために塩漬けにするのだという。

 少年にとって仕事が最後となった日のこと。

その日、何匹もの猫が殴られることに抵抗し、近くにあった木の枝に逃げた。猫たちは葉のない枝にしがみついた。

「まるでねこの木だ! ねこの木がふるえている」

少年は、めまいでその場に倒れたといいます。

この証言をした男性は、いまでも〈犬をだいた悲しそうな女の子の横顔〉を夢に見ると語っているそうです。

そして、「あんなバカげたことをさせる戦争を、二度としてはいけないよ」と話す。

人が平気で殺し殺される世界では犬や猫の命ぐらい、と言う人もいるかもしれない。

でも、証言者のおじいさんやおばあさんたちは、そのときの犬や猫のあたたかさを忘れられないまま、心に痛みを抱えている。

いま、犬や猫と一緒に暮らしたり、愛くるしい動画に癒やされているという日常、それもまた、かけがえのない平和というものなのだ。


 人の命を軽んじる戦争を、わたしたちは徹底して憎み、拒まなくてはいけない。そう、戦争によって殺されてしまった犬や猫のためにも。

▲靖国神社には戦地に斃れた軍用犬を祀る軍犬慰霊像が建立されています。

国内に残された訓練中の犬も日本軍の解体により行き場を失い、戦後の食糧不足の中、口減らしの為に殺処分されたり(食料となる前提で)市場に放出されるなどして、多くは悲惨な末路を辿っていったとされています。

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【軍用犬 パルデル号】第二次世界大戦中に軍用犬として召集された『バルデル号』のお話です。

終戦記念日の今日

一人一人が命について、平和について考える機会に....

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パルデル号:http://mi0101.blog111.fc2.com/blog-entry-805.html

軍用犬:https://ja.wikipedia.org/wiki/軍犬#.E6.97.A5.E6.9C.A...

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